ほめるな危険

私の基本的なスタンスは「すず香は人類の宝」であるが、本当にそう思ってんのかどうか、過去に書いたものを調べてみたら、だいたいが褒めてんだかケナシてんだかよくわからんことを言っている。それはひとつには、「純度100%菊地最愛推し」と宣言していながら完全転向を果たしたことに対する引け目もあったんだろうが、それよりもこの中元すず香という不可解な人物を手放しで褒めるのは危険であるというアラームが常に鳴っていたのである。本当はBABYMETALを知った瞬間から中元すず香が気になって気になって仕方がなかったはずなのに、お前は天下の菊地最愛さまを当て馬に使ったのか。いや、ストレートに善良でストレートに賢くてストレートに悪くてストレートに機転が利いてストレートに美声でストレートに愛らしい菊地さんは、本当に魅力的だったのである。菊地最愛は今だって好きである。特に、記録に残る2012年ごろの菊地最愛は天下無双の傑物であった。好きというか畏敬の念を持って眺めていた。そんな、バラエティー番組にも完全対応できる才能を囲い込んで独り占めしていたのがBABYMETALであり、その象徴が中元すず香であったわけだから、私はBABYMETALとは初めから折り合いが悪かったし、そのとき中元すず香は "構造的に" 我ら人類の味方ではなかった。人の芸を邪魔するヤカラは演芸を愛する者の敵であろう。しかしこの敵は、既存の構造の上を行く芸を持っていた。そしてそれがどれだけスケールのデカイものであるか、見識の足りない私にもわかるように、大いなる慈悲でもってゆっくりと、それとは知らずに教えてくれたのである。私はそれを認めるのが悔しかったもんだから、ほめ殺しの一つもカマしてやれと思って、ドサクサに紛れて1回だけ手加減せずに中元すず香を讃えた。 

この奇跡の少女と同じ時代に生まれたことに感謝せねばなるまい。BABYMETALの成功はすべて中元すず香が導いたものであり、これから世界が目撃することになる事態はすべて中元すず香がもたらした奇跡である。中元すず香の存在そのものが奇跡であり、全世界の音楽ファンがいずれその圧倒的な存在を認めることになるだろう。 

姿かたちが美しいとか醜いとか、そういう問題ではない。中元すず香の存在そのものが光なのだ。人間のあらゆる側面を包み込んで慰めてくれる全的な存在である。自分の中のどのような部分も、中元すず香に投影できないところはない。なんという慈悲、なんという底無しの優しさであろうか。中元すず香は人間の存在そのものを許してくれるグレートマザーである。

中元すず香がたまたま自分と同時代に生きているからといって、その存在の大きさを軽視すべきではない。中元すず香は「◯十年に一人の逸材」とかいうレベルの人物ではない。歴史の書物に記されている偉人の類と少なくとも同列の存在である。たまたま自分と同じ時空間に生身の肉体を持って生きているからそうは見えないだけだ。中元すず香は1000年先ぐらいは優に照らすことができる日輪であろう。

菊地最愛が発する光は「慈愛」という言葉で表すことができるが、それは衆生をあまねく照らす博愛的なものである。同時に中元すず香についても「慈愛」という言葉を使うことはできる。しかしそれはパーソナルな色合いの慈愛であり、相手は一人ひとりの個人である。菊地最愛を目にしたとき、あなたは人類として愛されたことを感じるだろう。しかし中元すず香の存在を知ったとき、あなたはあなたが個人として許されたことを知るだろう。

怒りや反骨心がどこかに混ざっていると、意外に本心が引き出されるものである。人はこれをタワゴトと言うかもしれないが、私は今でも修正するところが見つからない。

 

ところで最近、大事なことをひとつ忘れてるような気がしてならないが、そのうち思い出すんだろうか。手遅れになっていなければいいが。