議席数に応じた中元すず香

断念の美学/未来を捨てた数だけ人は輝く

赤い銀兎 逃げろVega

 

 

ブログのメンテと称して何をやっていたかと言えば
頭っから小鳩ミクのファンブログに作り変えようとしたのである
しかしただの一行も書けなかった
でも小鳩ミクはどストライクなのである
この人となら「ぽー」だのなんだの言われても確実にコミュニケートできる自信がある
百球投げてもストライクゾーンから外れまくっている中元先生とはエライ違いなのである
ところが中元すず香についてならいくらでも書けたのに
小鳩ミクについては何ひとつ書けなかった
不思議なことだ
普通にどストライクだと謎というものが何もないので興味が湧かないのかもしれない
いっぽう中元すず香は謎ばっかりなのである
本命の子にくっついてるやつをからかってるうちにだんだんおかしくなってくるあれである
おかげで本来Twitterも書けないような人間なのに中元先生にはずいぶんいろいろ書かされた

 

ブログ『小鳩趣味』が頓挫したので元に戻しておくが、さしもの私もBABYMETALには興味を失ったのでタイトルを変えた。BABYMETAL=中元すず香なんだと自分に言い聞かせてきたものの、中元先生に対する人間的興味が漫然と膨らみ続けてる*1だけで、べびーめたるにもう未練はない。中元すず香の誕生日に2枚組のアナログレコードを出してサードアルバムとしますとかいうお茶目な企画でもあれば考え直してもいいけど、もうどっちでもいいです。

ちなみに「赤い銀兎 逃げろVega」というのは、中元先生がそう言うからそう書いただけで、おれのほうが意味を教えてほしい。銀兎(Ginto)というのは月にいるウサギのことらしいから、ああ月に紅いウサギがいると言いたいのかとか、"What do you think of Tina?" のティナさんの他にベガさんという人がいて、危ないから森の中や泉の中を逃がしてやろうとしてるのかとか、そんな感じである。

 

*1:しかし最近のファンカムを見ても、つくづくSU-METALというのは上手くならない人だ。上手くなってはいけない人なのかもしれない。なんでああいつもメキシコシティみたいに空気が薄そうで苦しそうな感じで声を絞り出してるのか知らんけど、そういう絶対に安心させてくれない感じを毎回固唾を呑んで見守っていれば、もう私は人間・中元すず香のトリコだし、それは千日回峰行に己を賭ける僧侶がありがたいのとおんなじ仕組みなんだろう。私たち衆生の代わりに苦行を引き受けているわけだから、上手に歌えたように見えても、ベースに苦しさがある。こっちまでいっしょになって胸が苦しくなる。ときに涙のひとつも出るわけである。しかしどんなに苦しそうに見えても、どんなにヘタクソに聞こえても、どこに出ても出しても恥ずかしくないのが中元すず香である。それは人間存在の本質を表現するという点で、なんかよくわからんが一つの頂点にまで行っちゃった人だからである。だから私は中元すず香アルバート・アイラーやザトペックになぞらえるのだ。恥ずかしいしみっともないからベビメタTは死んでも着れないが、「中元すず香T」だったらいつでも堂々と着用できるのである。文字もできるだけ大きいほうがいい。ひと目でそれとわかるほうがいい。少しも恥ずかしくないのである。しかし中元すず香について語ることは、目隠しされたままスカイツリーの根元に手を押し付けられて、これが何であるか言い当ててみよと命じられるようなものだ。ガマ蛙に一瞬触っただけでパニックを起こしたSU-METALのようなインスタントなものではないのである。中元すず香を眺めることは、人類が生まれて進化して何者かになっていく過程をその場で全部見せられるようなものだから非常に負荷がかかる。そしてそうやって片方の手で負荷をかけておいて、もう片っぽの手で人の頭を撫でるような芸当をしやがるので、中元先生のおかげでまた哀しいお話をしてしまいました。平たく言えば、SU-METALは見てて常にイッパイいっぱいだから何がしかの感銘を与えるのである。そう言っては身も蓋もないが、イッパイいっぱいに持って行くのも才能だ。「全力投球」じゃぜんぜん足りない。もっとずっと一杯だ。いっぱいになって膨れ上がって、もうちょっとその先だ。SU-METALは "軽やかに飛翔" したりしない。いつも水の中で無理やり歩いてるみたいな抵抗がある。ステージのあそこからここまで移動するだけでも大変そうだ。「ああ人間が歩いてる」っていう気がするのである。

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