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べびーめたる趣味

普段使いのBABYMETAL

反骨心とは

マイBABYMETALブームが泡となって消えたあとで
今でも聴けるBABYMETALを上から順に5曲選んだらどうよ

1 位: ベビーメタルです*1

2 位: イジメダメゼッタイ

3 位: ヘドバンギャ

同点 3 位: アニメ

5 位: 悪夢の輪舞曲

(次点:いいね)

 

なおGoogle Play Musicで実際に聴いた回数順に並べてみたらこんな感じだった
理性的な評価とは多少違いがあるようだ
というよりも意外性がまったくない
ただし「アニメ」がアルバムに入っていたら間違いなく2位にはなるはずである

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ヘドバンギャが入ってないのは、あれはライブで生きる曲だから

 

BABYMETAL DEATHとイジメダメゼッタイとヘドバンギャの3曲は、6月くらいから従来とは違った曲として聞こえだした。いったん「見知らぬ曲」になった後で、自分の引き出しの中のまったく違う場所に収まったのである。なまあったかい傷口に手を突っ込んだみたいな妙な肉感があって、以前は耳の壁にぶつかって横に広がっていた感覚が縦方向に潜っていくようになった。"意味" がすっかり変わってしまった。BABYMETALを全部まとめて川に蹴落としたら、河口のあたりでこの3曲だけが浮き上がってきた感じである。いわばBABYMETALの土佐衛門であるが、岸に引き上げてみたら実はまだ生きていて目を開けたのでびっくりした。

 

 

川っぺりの草むらに引っかかってたのでドキモのPVを久しぶりに見てみた。
緻密な曲作りもオトナなコンセプトもまだ腐ってはいなかった。
黙っててもアナーキーアバンギャルドで、べつに大上段に構えなくたって存分に破壊的で、
こういうのを「スジがいい」と言うのかもしれない。


(しかしなんでこれ音がモノラルなの。嫌いじゃないけど)

 

それに比べてこのもったいぶった「空手」のガキ臭さはどうしたものか。
なにが「涙こぼれても」だ。メタル演歌か。メタル側からしたら痛くも痒くもないし、
おとなしく "傘下" に入ったわけだから脅威でもなんでもなくなりました。


インパクトありきで刹那的だったBABYMETALに、何か永続的な要素を加味して、あわよくば末永く生き延びようという魂胆らしいが、そんなメンタリティーから面白いものが生まれたら、今度こそ本当に奇跡だろう。

 

そんなことを言ってるうちに、Google Play Musicでうっかり "METAL RESISTANCE" なんかをクリックして、サッカー選手の愛人だかヒデとロザンナだか知らんが、みたいな曲をかけてしまった。
急いで止めた。

メンタルが浅くてカスリもしない。

 

それだったら、この人たちのほうが信用できる。

絶望がベースにない希望なんかウソっぱちです。生きるに値しない世界にこそ「生命力」が開くんだと思います。私はそんな生命力を目撃したい。芸能や芸術に求めるのもそれです。「いいね」にはそれがあった。あそこでは未来も希望も語られてなくて、一寸先は闇で、瞬間に爆発する命だけがあった。あの四つ打ちのリズムは心臓の鼓動だし、絶望の土壌に咲く可憐な花っていうのはああいうもんなんだと思う。

 むかし「ランバダ」が流行ったときに、「やっと自分の音楽を見つけた。これからはランバダでいく」みたいな宣言をした日本人の歌手がいて、「アホか」って思ったけど、最近のBABYMETALはなんかそれとおんなじニオイがしていやだ。
 BABYMETALは、職業作詞家と職業作曲家と職業演奏家が寄ってたかって鎖国的かつ職人的にトンデモナイものを作り上げる、歌謡曲の方法論そのものだったのに、そのへんのニュアンスを理解できない海外の目にすっかり引っ掻き回されてしまった。そして外人の言うことを鵜呑みにした結果がこれだ。
 BABYMETALは "歌謡界の" 救世主だったのだし、歌謡曲がメタルに救われたっていう話でもあったわけだけど、やってる本人たちが歌謡曲を知らないんだからもう止められない。

 BABYMETALっていうのはメタルをモチーフにした歌謡曲なんだってば。謡曲で何がいけないわけ? 日本の歌謡曲って、けっこう世界最強クラスの音楽文化だったんだぜ。神バンドがついてるのも、ザ・ピーナッツの伴奏をたとえばシャープスアンドフラッツがやるのとおんなじ仕組みだろ。ピーナッツでピンと来ないならキャンディーズでもいいや。そういうことでいいじゃん。そうじゃないと、BAND-MAIDは楽器が弾けるからBABYMETALより上等(ホンモノ)だって話になるよ。それならそれでもいいが、今まで「BABYMETALはホンモノ」「真正なメタル」みたいな言い方をしてきた人は、頭の中の仕分けっていうか、言葉の吟味も必要になるんじゃない。余計なお世話だけど。おれの中ではBABYMETALはずっと、「カワイイ子が歌って踊る、メタルをモチーフにした歌謡曲」(悪魔のような中毒性あり/ただしセカンドアルバムを除く)っていう認識です。*2

 

 

BABYMETALってこういうもんだったでしょ
メタルを笑ってくれよ
ミイラ取りがミイラになっちゃいかんですばい

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そして例の「来日記念」の件ですけど、きっと優れた Sense of humor から出た惹句なんだろうから、気持ちを込めて笑って差し上げましょう。そして「故郷・日本への凱旋公演」と言うのですから、生まれも育ちも現住所も Japan な BABYMETAL というグループの来日公演を、襟を正して拝見するとしましょう。ああありがたい。ありがたいけど、ふるさとの日本では、こういうのを「しょってる」と言うのです。「野暮だね*3とも言います。「だぁっっっせぇぇぇぇーーーーー!!!!」とも言います。お父さんは顔が真っ赤になってしまったよ。

 

では私から経緯を説明させていただきます
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―― 今年はBABYMETALを見ていて ”こっ恥ずかしい” と思うことがなにかと多かった。それが飽和点に達してシラケてしまったというのが実情である。それは、なにか "BABYMETAL流のカッコよさ" みたいなものが存在するのだと、中元さんが自覚してしまったことに原因の一端がある気がする。そしてやっぱり自覚したら一直線な人らしく、その自分がつかんだカッコよさに沿った言動やステージアクトをするようになった。30年も40年も前のセンスでヘンな「あおり」を入れてみたり*4意識高い系みたいな発言に終始してみたり(たしかにBABYMETALのファンにはそういうのが多いからな)。それは理性の目覚めなのかもしれないが、その理性がBABYMETALにちっちゃな枠をはめる方向にしか作用していない。自分でレールを敷いて、きっちりとその上を進んでいる。律儀で真面目でいっしょけんめいで大変けっこうであるが、そこにはもう遊びも精神のフリーダムもないし、価値観がひっくり返される驚きもない。でもちょっと前までは、Sky is the limit って感じでスカーッと抜けてたじゃん。そして普通にしてればフツーに面白い人だったじゃん。

 

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しかしいくらBMにウンザリしたと言っても、うっかり「アニメ」を聴いてしまうと5回はリピートさせられる。もう今日は10回くらいいっている。演芸っていうのは表面的な結果勝負だから、その裏にどんなドラマや仕掛けがあるかなんてことはどうでもいいし、演者の人間的成長なんていうのも大した問題ではない。ましてや時間的な新旧なんかは完全に無意味である。


※ところで水野由結の日本語の処理のしかたは異常にすばらしい。 

 

まがい物にはまがい物の "芸の優劣" ってもんがあるからな。おれはてっきり、BABYMETALっていうのはマガイモノが正統をコケにする芸なんだと思ってたんだけど。そういうところが面白かったんだけど。

 「バラカン発言」に対してみんなでムキになって怒るのは(なんでオジサンたちが怒ってんの?)、上等なマガイ物になるよりも、何かの "正統" の最後尾に連なるほうがカッコいいと判断しているからだろう。しかし古典芸能でもないメタルに正統もクソもないわけだから、偉い人たちに「認められ」ちゃったら、それは生まれつつあった一つの演芸の形の終焉である。もうなんの脅威でもなくなったということだ。ちょっと面白いから、景気づけに共演でもしてみようかということである。コワモテの野郎どもの心を溶かしたとか、みんなが笑顔になるとか、そりゃあ赤ん坊を見れば誰だって優しい気持ちにもなるさ。しかもそれは芸をするBABYである。
 BABYMETALにとってメタルはただの「ネタ」だったわけだし、ネタ扱いできるところが強みだったわけだし、自分で王朝を打ち立てとけば黙ってても朝貢が列をなすっていう寸法だったんだが。BABYMETALって始めは頭がよさそうなプロジェクトだったのに、いつの間にか反知性の方向に胸を張って突き進む勢いが出てきた。頼もしいぞ。

 それにしても、BABYMETALのファンというのはなんて "真面目" なんだろう。世代の違いなのか文化の違いなのか知らんが、おれの感覚からすると、バラカンの言ったことは(意図に反して)一言一句「褒め言葉」に聞こえるんだが。ポップミュージックやロックンロールの文脈からすれば、ほとんど「勲章」みたいなもんだ。「まがい物」も「世も末」も、新しい文化の誕生にいつも寄り添ってきた、子守唄みたいなやさしい言葉だろ。"それを言わせてなんぼ" だし、「よしっ」てなもんだ。どうもBABYMETALのファンには、「反骨心」みたいなものはないみたいだな。権威が欲しいだけなんだろう。マガイモノって言われて怒るのは、ようするに権威が傷つけられたからじゃないか。メタルとして "認知" されたいのも権威が好きだからなんじゃないの。権威が好きでも、趣味の問題だからぜんぜんオッケーなんだけど。

 

恐怖のカウントダウン、東京ドームが近づいとる。*5

 

*1:かたやセカンドアルバムのオープニングは、ガキの自己陶酔 「RoR」である。1曲目で勝負ありだ。そして2番手が「空手」では、メギツネの体に触れることもできずに撃沈である。

*2:団塊世代っぽいアナロジーで言うと、青い三角定規が "フォークグループっぽく作った歌謡曲" で、かぐや姫が Self-made のフォークグループだという違いである。同時代に存在したっていうだけで、生きてる世界が根本的に違うから比較する意味はないが、どっちの "ライブ" を見たいかと言ったら、かぐや姫だなやっぱり。つまりBAND-MAIDということだ。

*3:「来日記念」の件はともかく、BABYMETALはべつに悪いことや間違ったことをしているわけではない。むしろ狂信的な「正しさ」を追求し始めてるところが「野暮」なんである。田舎臭いんである。田舎臭さみたいなものからは最も離れた存在だと思ってたのに、いきなりの背負い投げである。「お里が知れる」のである。

*4:このあおりが気持ち悪いのは、私らにはアオられる筋合いがないからである。観客はいちおう音源やら雑駁な情報やらに触れて、BABYMETALについて何か知った気でいるが、実際にはそれだけでは何の人間関係も生まれていない。そのライブが "初対面" である人間のほうが多いはずであって、そこで初めて何らかの関係性を作り出すのがMCである。そういう形の「挨拶」にもいちおう意味はあるわけだ。だからといって、BABYMETALにMCをやってほしいわけではない。ヘタクソなMCなんかやらないほうがましである。よけいな喋りがないおかげで、ステージが弛緩しない。ボロも出ない。いいことずくめだ。そしてだからこそ、"人間関係" の前提がないアオリは唐突で作為的でルール違反な感じがするのである。最低限のコミュニケーションが成立しとらんだろうが。BABYMETALはそういうところがトホホなんである。そもそも自分が凛とした磁石として振る舞うことで、見る者から愛を引っ張り出すのが中元すず香である。エネルギーが内向きに凝縮されるから、殺傷力も倍化するんである。見せかけだけ外向きに、あおって何かを焚きつけるタイプではないのだ。中元すず香の本気の見せ方って、そういうのとは違うだろう。

*5:「生オーケストラ入れてね」とか、去年までは無邪気に楽しみにしていたのである。マイBABYMETALの株価急落は極端なもので、以前とはほとんど別のグループにしか見えない。なんか山口百恵が宇崎竜童/阿木燿子コンビと組むようになって決定的に堕落したときと印象が似ている(世間では "後期" の百恵のほうが圧倒的に優れていると言われているが、百恵は「冬の色」が頂点で、「白い約束」を最後にして終わったと考えるべきである)。古くてわかんねえか。すまんな。でも百恵なんか歌謡曲の黄金時代が終わったあとの歌手だから、ぜんぜん新しいぞ。

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