議席数に応じた中元すず香

断念の美学/未来を捨てた数だけ人は輝く

容器の中身

 BABYMETALに本気で仲間意識を感じたりするメタラーも身のほど知らずの困った存在だが、度を越した中元信者もタチの悪い腐臭を放っている。

 

この奇跡の少女と同じ時代に生まれたことに感謝せねばなるまい。

BABYMETALの成功はすべて中元すず香が導いたものであり、これから世界が目撃することになる事態はすべて中元すず香がもたらした奇跡である。中元すず香の存在そのものが奇跡であり、全世界の音楽ファンがいずれその圧倒的な存在を認めることになるだろう。 

 

 大きく出たな。女子高生の演芸発表会あいてに何を言っておるのだ。

 

姿かたちが美しいとか醜いとか、そういう問題ではない。中元すず香の存在そのものが光なのだ。人間のあらゆる側面を包み込んで慰めてくれる全的な存在である。自分の中のどのような部分も、中元すず香に投影できないところはない。なんという慈悲、なんという底無しの優しさであろうか。中元すず香は人間の存在そのものを許してくれるグレートマザーである。

 

 ♪♪ まざあぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!! YOU HAD ME ♪♪ 

 そしてこれがそのグレートマザーのご尊顔というわけだな。

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中元すず香がたまたま自分と同時代に生きているからといって、その存在の大きさを軽視すべきではない。中元すず香は「◯十年に一人の逸材」とかいうレベルの人物ではない。歴史の書物に記されている偉人の類と少なくとも同列の存在である。たまたま自分と同じ時空間に生身の肉体を持って生きているからそうは見えないだけだ。中元すず香は1000年先ぐらいは優に照らすことができる日輪であろう。

 

 言うのはタダだからな。その「1000年」の根拠はなんだ*1

 ちなみにちょうど一千年前のスターは紫式部である。

 

 

 ああ。

 それだったらありうるか。意外に楽勝かも。

 

 

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 腐臭を放つ者はいずれゴミ溜めの中に追い込まれる。そこから遥かに仰ぎ見るBABYMETALの姿はまた格別であろう。格別どころか、私のように塵芥の世界しか知らぬ者にとって、BABYMETALはすでにこの世のものとは認識できない存在であり、暗いゴミ溜めに初めて光が差したのを見て、太陽を悪魔と見なして恐れるようなものである。

 しかしその光の恩恵を自分も受けようとは別に思わない。実のところBABYMETALという容器にはさほど関心がないからである。そういう名前のユニットが存続しようがしまいが、"セカンドアルバム" というものを出そうが出すまいが、メタルをやろうがアイドル歌謡をやろうが、どこでライブをやろうがやるまいが、どこの番組に出演しようがしまいが、なんの賞を獲ろうが獲るまいが、菊地最愛がどこぞの外タレと恋の逃避行をしようがしまいが*2、私にはただの情報でしかない。あ、いや、菊地さんの件は別ですけど。どっちにしても、その情報を逐一フォローするのが「メイト」であると言うなら、私はメイトではないし、そもそもどのような連帯感を持ったら自分を「メイト」だと規定できるのかもわからない。なにひとつ共有するものがない。

 関心があるのは、容器の中身の人間だけだ。たまたまBABYMETALという器を通して知った個人の本気の頭の中と、よけいな思惑に左右されない各自の可能性だけである。

 (何を言い出すのかと思えば)たとえばテンプターズショーケンはイコールだったので、テンプターズというユニットがなくなった後のショーケンというのは考えられなかったのであるが、テンプターズがもう少し存続していたら、その後の萩原健一はないのである。関係ないなこれは。話が古いしな。

 いま可能性として興味があり、また恐れてもいるのは、その菊地最愛の外タレ逃避行とプロデュース業への転向、そして中元すず香のソロデビューである*3。BABYMETALはどっちでもいいや。メンバーが本当に希望しているのならいくらでも存続させればいいし。

 

 BABYMETALのパフォーマンスが嫌いなわけではない。BABYMETALの3人があたかも生身の人間ではないような見せ方、そして受け取り方がイヤなだけだ*4。舞台の上のパフォーマンスがすなわちBABYMETALであり、3人の意思がそこに投入されていることなど百も承知である。しかしパフォーマンスとイベントだけ、つまり歴史の教科書に太字で記載される項目だけで一喜一憂するのはイヤなのだ。BABYMETALを抑圧のシンボルにしたくないだけである。「唯一無二」という四文字が出てきた過程を、自分の言葉で何時間でも思う存分語ってほしいのである。BABYMETALという3人の "人間" を愛する手がかりが欲しい。そして人間というのは半分以上は言葉でできているのである。あなたは中元すず香菊地最愛水野由結という人間が愛おしくはないですか。

 BABYMETALは「音楽が言葉の壁を超える」ことを実証したとされる。言葉がなくても場を共有すれば心が通じる、日本のハイコンテクスト文化が勝利したようにも見える。ここであわててローコンテクストに歩み寄るのも不自然かもしれないが、この日本にだって、BABYMETALに人間としての本気の言葉を求めている者はいるはずなのである。海外ではなおさらだろう。これまでは3人が子供だと見られていたから、粗末な言葉で応対しても許されていたのだ。今後は、"本当はまともな言葉で喋れるのにあえて多くを語らない" 姿勢なのだと理解される可能性もある。それは見ようによっては、「ステージのあたしたちを見てもらえば全部わかる。だからガタガタ細かいことを訊くな」っていう、けっこう傲慢な態度ともとれる。BABYMETALに「傲慢」という言葉は似つかわしくないが、目の前の取材者にその場でリアルタイムに、人間として言葉を尽して語りかけようとしない姿勢は、場合によっては誠意を疑われるケースもあるということだ*5。笑顔を絶やさなければ大丈夫というわけではない。お辞儀の角度が深ければ敬意は伝わるというものでもない。ローコンテクストな文化とはそういうことだ。

 

「カワイイ」3つの容器の中にある魂にじかに触れたいと思うのは、身のほど知らずで不遜な欲求なんだろうか。そういう欲求がいささかでも満たされるような言葉を引き出すのも、芸能/音楽ジャーナリズムの役割だと思うんだが。自分が思い描くBABYMETALの "あるべき姿" に都合よく当てはまる人物像を、勝手に規定して満足したくはない。たとえば、過去の発言の断片から推測するのではなく、いま水野さんはどんなことを考えて、何に関心を持って生きているのだろうか。それがどういうふうにパフォーマンスに影響しているのか。それはまた、話を聞き出す者の人生観と質問のしかたによってもニュアンスが変わってくるだろう。そこに「対話」がある限り、それでいいのである。これまで、BABYMETALとどれだけの対話が行われてきたのか*6

 タレントだって人間だ。ファンは大事だと言ったところで、信頼して自分の本気の言葉を託すことができない相手とは、どこまでいっても距離は縮まらない。決まったパフォーマンスをやっていればやんやの喝采をしてくれる相手は、ありがたい存在であり、仕事に対する評価を知る目安でもあるが、自分の糧となる存在にはいつまでたってもならない。たとえマスメディアを介してでも、本気で言葉を投げかけられる相手がいることの悦びを、タレントが知ったっていいのである。そのような悦びを知らないままでいれば、少しでも人間としての対話ができる相手を、手の届く範囲で見つけて、それで終わりである。なんら一般人と変わりがない。タレントだって人間だ。しかし選ばれた人間である。一般人がなかなか口にすることができない、肌身に迫る言葉を堂々と口にする機会はいくらでもあるのだ。でも「おんりー ざ ふぉっくす ごっど のうず」って言ってれば喜んでもらえるなら、それ以上無駄なエネルギーを費やすこともない。おつとめはそこで終了である。

 外の世界との自由な対話が意図的に封印されているとしたら、BABYMETALというユニットの命も存外短いかもしれない。あるいはそんな需要は元からなくて、今後もなくて、お祭り女三人組で末永く盛り上がって、同じ空間を共有したという「一体感」と酩酊状態が持続していけばいいんだろうか。いいならそれでもかまわないが、おれとしては寂しい。

 特に中元さんは人間の振れ幅がデカく、なおかつ言葉に対する感度が強そうなので、非常にもったいない気がする。どこから切り崩せばいいのか取っ掛かりがつかみにくいタイプではあるが、品性と腕のある聞き手がとことん付き合えば、かなり面白い "作品" ができると思うがどうだろう。*7

 

*1:1000年後に名前が残る可能性は完全にゼロではないし、どっちにしても無邪気な妄想にすぎないが、BABYMETALが「未来を先取りする音楽」であるとか、「時代を先取りしたアーティスト」であるという言い方になると、話は別である。褒め言葉のレトリックとしてはぜんぜんオッケーだが、理屈としてはあり得ない。
音楽は生まれた瞬間にその時代のものになるからだ。その音楽を理解できるようになる「その時」は、時系列で万人にやってくるわけではない。個人の認識の中で理解が生まれるだけである。
そうでないとしたら、オーネット・コールマンキング・クリムゾンは、いったいどこまで時代を先取りしてたのかという話になってしまう。それを作り出した人間がいるのなら、それを理解できる人間はもっといるはずだ。でなければ商業ベースで拡散するわけがないし、ましてやヒットなどするはずもない。
その音楽と似た音楽がのちに数多く出現して特定のジャンルが形成されたとしても、それは先人の成果を採り入れた正常な発展であって、その基になった作品が何かを「先取り」したとは言えないだろう。

*2:菊地さんの海外でのモテ方は半端ではないようだ。

*3:本当は「ソロデビュー」などというベタなイメージでは言い表せない。中元すず香アルバート・アイラーであって、ようはアイラーがサックスでやったように、歌を "人間に還元する" というきわどい離れワザができる珍しい人なのである。ただ綺麗に歌えるだけじゃだめで、肩にはいろんなものをしょいこんで、腰にもいろんなもんをぶら下げて、それでもゴルゴタの丘に登っていかなければならない。その姿をそのまま見せられる魂の強さが必要なのだが、どうも中元すず香はそのテストにパスしたようである。

 

*4:行儀のよさをやたらに持ち上げる風潮もいいかげんうっとうしい。そんなにしゃっちょこばらなくたって、あの3人の品位はいささかも失われないだろう。

*5:そろそろメディアも苛立ちを表に出すようになってきた。

空気を読んで、自分に求められている役割を忖度するのが賢くて道徳にかなった人間であり「プロ」なのだとする文化と、規制がかかってもそれに抵抗する意思は持って当然だと考える文化がある。それは国民性とは必ずしも重ならない。個人の価値観とバランス感覚の問題であろう。目標とするものの性質の違いもあるから、どちらがいいも悪いもない。ただ、針が一方に振れ過ぎたらちょっと引き戻すくらいの茶目っ気はほしいと思う。その茶目っ気が人間的なチャームにつながることもある。いや、すごくあるのだ。もっと言えば、BABYMETALの3人は本来とてもチャーミングな人たちなのに、その人間的な魅力を前面に出すことが制限されている。それは何か崇高な目標を達成するための当然の配慮だとされているが、実際それが本当に3人のためになっているのかどうか、わたしにはわからない。そこに「大人の知恵」が働いているのだと願いたいが、「知恵」ではなく単なる「都合」なのかもしれないし。とにかく、若者の時間は大人の何倍もの速さで容赦なく過ぎていくのである。「今」という時間の重さが大人の比ではないのだ。できたはずの経験が大人の都合でできなかったというような後悔が生まれないことを祈ります。しょせん大人の遊びのためにやってることなんだから。
そしてそして、仮に "空気を読んで、自分に求められている役割を忖度するのが賢くて道徳にかなった人間であり「プロ」なのだ" というスタンスに立つとすれば、いま目の前にいる人がどういう人で、何を求めてるのか、何に苛立ってるのかということに、そのつど意識を向けることもできるはずです。いや、けっこう無理やりなことを言ってるのはわかってます。でもBABYMETALの心が本当はどこに向いてるのか、今後はいろいろと試される機会も増えてくるでしょうから。亜米利加に本気で上陸するつもりみたいだし。ほっとけばいいのに。

*6:たとえばあの菊地最愛を目にして、じっくり話し込んでみたいと考えるジャーナリストや文筆家がいないのが不思議である。おれはトルーマン・カポーティになったつもりで、防波堤の上をブラブラ歩きながらマリリン・モンローならぬ菊地さんと埒もない話をする夢を見る。

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*7:私が言ってるのは、日常の姿を見せろとかいう話ではありません。一般人の真似などする必要はない。生活に密着したことだけが、人間の真実とは限りません。その人がパフォーマーとして本気で考えていること、大事に思っていることを、もっと言葉を尽して語りたいだけ語る機会があったっていいのではないかというだけです。本人がそんなものを求めてないのに無理強いする必要はありませんが、今までそういう機会がなかったので、悦びを知らないだけという場合もあります。視覚的・聴覚的なパフォーマンスと言葉はそもそも対立するものではないし、ミュージシャンや芸術家が真面目なインタビューで語る言葉には、読んだ人の一生を変えるくらいの力があるじゃないですか。下手に外部の人間にさらすと、そこが蟻の一穴になって、BABYMETALのアイデンティティが危うくなる可能性はたしかにあるでしょう。そうならないように入口のところで守るというのも見識です。やさしさというキレイな言い方もできるでしょう。どんだけ信用されてないんだよ君たち角兵衛獅子かよとは思いますが、そういう守り方をしなければ維持できないグループが、今後世界に受け入れられていく新しい歴史を目撃できる楽しみはありますね。私はBABYMETALを買いかぶりすぎているのかもしれないし、海外の文化人の真似をさせたいだけのミーハーという面も否定できないので、BABYMETALに決して近づけてはいけない人種であることは間違いないです。しかしBABYMETALを大事に守ってるつもりの人も、一番危険なメタルの世界には完全に無防備ですが、それはオッケーなんですね。そして3人ともいちおう学生なわけですが、ワールドツアーにはもろ手を挙げて賛成だったわけですね。

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