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BABYMETALいのち

「ナカモトっていいじゃん」としか言ってないので読む必要ないです

必要とする人間がいる限り

 純度100%菊地最愛推しであれば、菊地最愛がBABYMETALという枠の中に不当に押し込められ、手足をもぎ取られていると感じるのは、話の成り行きとしては当然である。しかし自分の都合と現実とは分けて考えなければならないのも、また当然である。自分にとって都合が悪い現実も現実であり、物事には存在理由がある。BABYMETALもその構造をためつすがめつ眺めてみれば、わたしにとっては具合が悪い、しかしどうしても否定できない、人の心が見えてくる。

 残念ながらBABYMETALは、場合によっては本能に逆らってでも支持しなければならない存在である。なぜかと言えば、悪意も首謀者もなく、被害者だけがただ一人存在する、イジメとも認識されていないイジメに対する復讐が唯一許された場所がBABYMETALであり、蔑まれ嘲られて傷ついた一つの心が、ほんの束の間だけ尊厳を取り戻せる場所だからである。Resistanceの本当の矛先は世界ではなく、内に向いている。それは善なるもの、調和のとれたもの、過剰でないもの、異形性がなくバランスがとれたカワイイもの、あるいは爽やかな弁舌、整理されたアタマ、寸鉄人を刺す言葉、切れ味のいい利発さ、人当たりのよさ、気の利いたそつのなさ、そういったものに対するRevengeであり、最高の自己実現である。たった一人のレジスタンスである。そのための場所をどうしても必要とする魂がある以上、それをどうして奪うことができようか。イジられることを「おいしい」と感じるのが当然とされる世界で、その人の心がどれだけ深く傷つき、どのようにそれを気丈に押し隠してきたか、想像すると慄然としたりもするわけである*1

 わけがわからないことを言ってるが、わけがわかると差し障りがあるからわからなくしているだけである。BABYMETALを貶める意図はないので、これもすぐに削除だろう。しかしどっちにしても、BABYMETALが強烈な(異様な)迫力をもって心に刺さるのは、メンバーがプロフェッショナルなスキルを持っているからだけではないのである*2

 

 

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ある意味夫婦みたいな関係とも言える。中年の。あるいは秀吉と家康か。

 

 

*1:おれから見れば立場上天敵ともなるべき人物を身を捨てて護る気にさせるのがBABYMETALということになる。イジメダメゼッタイが涙なくして聴けないのも当然だろう。またこれほど痛快な復讐もない。そしてその復讐には、雑魚ではない上等な天使の介添えが必要であった。おれはそんな理由は認めないが、理由は理由である。人生とは不条理なものだ。

*2:一流と超一流、あるいは国際コンクールの1位と2位を分けるもの、それは伝統芸能の世界からジャズ、宝塚、ポップミュージックに至るまで、水面下の怨念の深さであると決まっている。あるいは狂気と言ってもいいが、BABYMETALの場合はKOBAMETALの怨念とMIKIKO先生の狂気が主成分として存在する上に、今後YUIMETALとMOAMETALの怨念が別の方向から蓄積していけば、世界はひとたまりもない。
<追記:たぶんどの怨念も、どこかの時点で消滅したか昇華されたんだろう。そしてそのときに、BABYMETALは少なくとも超一流ではなくなったんだと思う。セカンドアルバムでは怨念のカケラも感じられなくなった。それがファーストとセカンドの最大の違いである。セカンドのこの "いっちょあがり" 的な充足感が、作品を決定的につまらなくしている。満ち足りて怨念がなくなった瞬間に、その表現形態の役目は終わるんである。>

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